日記のボタン

読むと変な匂いがします。

【短編】ショートケーキ

 どうも、ボタンです。長編書いていたのですがなかなかどうしてうまくいかないのでとりあえず短編を仕上げてみました。『カクヨム』とか始めてみようかな…。たぶんはてなブログは小説投稿には向いてないですよね~。

 そんなこんなで『ショートケーキ』です。

 あったらいいなこんなこと。ではでは~

 

 

 

 駅から家までの道にケーキ屋ができたのは3ヶ月前のことだ。開店時間が朝10時から夜8時ということで、僕が会社を出て家路につくと、ちょうど閉店1時間前くらいに寄ることができる。まぁ、もちろん残業がなければの話だが…。
 生来甘党の僕であるけれど、『ちゃんとした』ケーキ屋で『ちゃんとした』ケーキを買って、『ちゃんとした』食べ方をする経験なんて全くしたことがなかった。せいぜい、コンビニやスーパーでチョコレート菓子を買ってみたり、値引きされたスイーツを買ってみたり、インスタントカレーで気まぐれに甘口を買ってみたり、休日に家に食べるものがなくてなんとなく砂糖をそのまま舐めてみて、『あれ?なんかそこまで甘くねぇな?』とか感じてみたりする程度だった。え?みんなやったことあるよね?
 しかし、そのケーキ屋ができてから僕は大体週に最低1回、多くて3回はそこのケーキを買うようにしている。これはもう本当に甘党と名乗ってもいいだろう。なぜ、僕が甘党党首になったかと言うと、全く以て恥ずかしい話だが、僕がケーキ屋の店員に一目ぼれをしてしまったからだ。うーん、ベタすぎる!江戸時代ならギリギリ許されたかもしれないくらいベタな展開だ!出てくる登場人物がお時さんと寅さんなら良かったのだが、生憎僕の名前はアキラだし、僕が好きな店員の名前はコヤマだった。
 しかし、『ケーキを買う』という行為以外コヤマさんと交流する手段がないというのも紛れもない事実だ。多分、ケーキ屋の店員を好きになったことがある人は分かるだろう。こちらからオヤマさんに発することができる言葉は『○○ケーキください。』くらいのもので、次点で『PayPay使えますか?』とか『Suica使えますか?』である。考えてみてくれ、こちらは帰宅前で気楽なものだが、あちらは真面目に働いている真っ最中なのだ。しかも僕がケーキ屋に行くのは理由あって毎回きっかり閉店1時間前であり、そんな時間に訳が分からない客に絡まれてみろ。一発でその客は地雷扱いだ。多分、バックヤードで変なあだ名をつけられる。僕がケーキ屋に近づいていくのを発見した店員が「地雷発見!地雷発見!」と叫んで迷彩柄のヘルメットをかぶりアサルトライフルを持ちながら僕の前に手榴弾を投げ込むのだろう。そんな面倒事になったら、コヤマさんは恐らく僕のことを地雷というか機雷になってしまうだろう。…は?全然うまくない?うん、確かにそうだね。
 そんなわけで、僕は3か月前から帰り道にケーキを買って帰るということをずっと繰り返しているのであった。ただ、もちろん何の策もなしにケーキを買うという行為を繰り返しているわけではない。
 作戦1 ショートケーキだけを買う。
 この人はこれを買うというイメージを残すのだ。正直、一番好きなのはモンブランなのだけど初日に買ったのがショートケーキだったからもうどうしようもない。初めてコヤマさんを見て焦ってしまった自分を怒りたい…。でも、かわいいもんな、焦っちゃってもしょうがないよな…(2人で河川敷に座りながら沈む夕日を眺める)。
 作戦2 7時ピッタリにケーキ屋に行く。
 正直これにコヤマさんが気が付いているかは微妙なところだ。でも、印象に残すという面ではいい作戦だと思う。7時になるたび、あいつ来るかな…とか考えてるかもしれない。
 作戦3 毎回『ありがとうございました』と目を見て言う。
 これは作戦というかもはや礼儀の域に達している。まぁ、これは説明は要らないだろう。礼儀正しい、いい客、嬉しい、以上!
 というわけで、この三本の矢で今までやってきたのだが、今日でこの作戦をすべて終わりにしようと思っている。今は最後のケーキを買うためにいつもの通勤路を歩いているところだ。終わりにしようと思ったきっかけはコヤマさんの話と今の3作戦を同僚の加賀に話したことだった…

「…というわけでどう思うよ、加賀」
「お前、ショートケーキって呼ばれてそうだな。」

 本当に初日にショートケーキを買った自分が一番の悪だ。あのときモンブランを買っていれば、おそらく僕のあだ名はモンブランだっただろう。…うん、そっちのほうが嫌だわ。
 まあ、あだ名はどうでもいいとしても、この作戦に限界を感じていたのは事実だ。加賀の一言は僕を諦めさせるいい引き金になってくれた。しょうがない、コヤマさんとは縁がなかったのだ。今まで積み上げてきたものが無駄に終わる瞬間ほど悲しいときはない。コヤマさんの中に僕は永遠に『ショートケーキバカの変な男』として残り続けるだろう…。なんか、3日くらいで忘れられそうだな。
 そんなこんなで、いつものケーキ屋に着いた。はぁ…ゆううつだ。漢字変換できないくらいには落ち込んでいる。ウィーンという音を立てていつもの自動ドアが開く。他のお客さんはいなかったが、カウンターにはいつも通りコヤマさんがいた。
「いらっしゃいませ~」
コヤマさんの声が店内に響く。幾度となく聞いた声だ。今日でもう聞けなくなってしまうと思うと悲しい。コヤマさんは挨拶をしてチラリと僕のほうを見た後、レジの後ろで何かを書きはじめた。注文書か何かだろうか?閉店間際ということもあるだろうがショーケースにはほとんどケーキが残っていない。…結構繁盛してんだな、このお店。僕が来なくなっても経営的には全く問題なさそうだった。
 しかし、困ったことが1つ。なんと今日はショートケーキが全部売り切れているのだ!今までこんなことなかったのに!!どうしようかと思ったが、もしかしたらこれはコヤマさんをあきらめるようにという神様からの掲示なのかもしれない。そうか、そうか、神様まで俺にそう言うのか…。
「あの…もしかしてショートケーキ…ですか?」
「! え、ええ、いつも通り…買おうと思って…はい…」
急にコヤマさんに話しかけられてどもってしまう。覚えてくれていたのか、コヤマさん!
「今日は5時ごろに大量に買っていたお客様がいてですね。この時間までは残らなかったんです。」
「ああ…、そうなんですか。ざ、残念だなぁ。アハハ…。」
「ショートケーキ、お好きなんですね。いっつもありがとうございます。」
「ああ、そうなんです。ショートケーキすっごい好きなんですよ。」
「うふふ…ちょっと待っててくださいね。」
そう言って、コヤマさんは厨房のほうに消えていった。そして、少しした後彼女は1つのショートケーキが載ったお皿を持って帰ってきた。そして、そのケーキを持ち帰り用の箱に詰め始める。
「これ、今日もあの人来るんじゃないかな~と思って、1個だけとっといたんです。いつも来てくれてるお礼です。あ、でも他のお客さんには内緒ですからね?おうちに帰ってからバレないように食べてくださいね。」
「あ、ありがとうございます…。」
コヤマさんはカウンターの上にケーキが入った箱を置くと、少しだけ顔を赤らめながらニコッと笑った。
「私もショートケーキ大好きですよ。最近好きになっちゃったんです。」

 店の外に出ると正面には白い雲の隙間から綺麗な満月が覗き出ていて、いつもは真っ暗な街並みが白くはっきりと照らされていた。そうだなぁ…こういう日は横断歩道の白い部分だけを歩いて帰ることにするか。僕はケーキが崩れないように気を付けながらゆっくりと走り始めた。